自尊心
最近5時AM起きの10㌔ランニングのshrです。
shrは体が硬い。中学からバレーボールをはじめてた頃から徐々に体が硬くなってきた。
そんなわけで廻し蹴りの足がいまひとつ高く上がらない。
ストレッチが日々必要だ。
思えば、僕の自尊心は、あらゆる暴力によって踏み潰されていた。
中学のときはひたすらに担任の大川の暴力によって自尊心を踏み潰され、世の中には抗うことができない力が存在することを奴の暴力によって知った。
抵抗するすべもなく、日々その暴力に打ちのめされ、いつしか僕の心の中は諦めの気持ちで満たされてしまった。
だまって、相手が飽きるまで殴られ続けることにした。そして最後にいつも大川は僕にこう言った
「俺はお前みたいな奴が大嫌いなんじゃ」
大川の目に映る僕は、どんな「お前みたいな奴」だったのだろうか。
僕に似たその「みたいな奴」は過去に大川の何を奪っていったのだろうか。
大川が持っていない、大川がうらやむ何かを僕が持っていたのだろうか?
大川にとって僕の存在を認めることはきっと、自己の否定にすらつながることだったのだろう。
今になってはその理由もわからないけれども・・・
10数年経った今、僕はいつの間にか大川よりも肉体的に強くなり、なんなく大川を打ちのめすことができるまでにいたっていた。
思春期の頃の自尊心を取り戻すのにはあっけない終わりだった。
でも、まだ僕の心はぽっかり穴が開いている。
自ら鈍化することにより、失ってしまった自尊心は大川を打ちのめしても決して蘇ってくることはなかった。
鈍く暗いところで、弱かった頃の僕は小さくなって、いつまでも僕の中に住み続け消え去ることはないんだ。
ボクシングの本を読むと、ボクシングに2の動作はないという。すべてがワンタイミングというわけだ。
しかし僕の右ストレートはどうだろうか。少なからず大きく振りかぶってしまっているような気がする。
左のジャブを放った後、右肩を軽くひいいてからパンチを繰り出してしまう。
威力は振りかぶった分、出ているような気がするけれども、これではやってる人には通用しないだろう。
予備動作が大きすぎるのだ。
すべての攻撃をワンタイミングで繰り出すために僕はまたワンツーを打ち込むことにした。
ただし、すこし趣向を変えてワン、ワンツーとしてみることにした。
最初のワンは軽く、次のワンは左足を強く踏み込んで右を振りかぶる間、右の引きをカモフラージュし、同時に相手を牽制するためのものだ。
そして二つ目のワンを引くと同時に後右足のチカラを腰から肩に流し込み右を打ち込む。
これを日々繰返すことにした。少しでも予備動作を小さくすることを目標に。
次のターゲットのことを考えた。
大川のときは奇襲と、相手は格闘技を何もやっていない人間だったという点で、こちらには有利だった。
そのためか、あまりにあっけない幕切れだった。
自分がどれくらいできるのか。
それを知るには何かやっている人間のほうがいいだろう。そんなことを考えているとふと思い出した人物がいた。
高校一年のときに僕のことをぼこぼこにした、名も知らない奴だ。
友人の原付にタバコをほうってきたので、それを軽く注意した。
そしたら一瞬で顔を腫らされることになってしまった。
そのとき、奴は左手の中指と、右手の小指に指輪をはめていた。
最初の左のジャブでその指輪が僕の目に突き刺さり、一瞬にしてまぶたが切れ視界を奪われた。
彼の構えは、ボクサースタイルで、左のジャブの予備動作を掴むこともできなかった。
気がついたら、パンチを放たれ、またボクサースタイルに戻っていて、遅れて僕の顔にツーンと白い痛みが走った。
身長は165CMくらいで僕よりは一回り小さい。
不用意に拳を振り回すことなく、ジャブとストレートしか放たなかったということは、相手は素人ではなく何かやっていた証拠だ。
そのとき、僕なりに何発か反撃したが、ことごとくかわされた。
今にして思えばあれは、スウェーとかウェービングというやつだろう。
今の僕に、何かやっている人に対抗することができるのか?
それを考えると不安でたまらないけれども、過去の苦い思い出を消すにはやるしかないんだ。
次のターゲットは奴だ。
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